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ここさいきん観た古い邦画とたかが世界の片隅

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すこし前、古い邦画を立て続けに観た。
昨今の、山場山場の連続の、飽きさせない演出の映画より、
寝ころんでのんびり見られるようなものでもと思って、
目に留まったのが、『張込み』 。
 
● 張込み (1958)
 原作:松本清張 監督:野村芳太郎+脚本:橋本忍
タイトルがズバリだから、必要以上にストーリーを追うことなく、
(ところどころ、いまの感覚でみると、たるい箇所があったものの)
モノクロ映像による当時の日本風景のうつくしさ・空気を楽しめた。
ただ女 (高峰秀子) が悲惨。
『張込み』 が思いのほか楽しめたので、
つづいて未見の大島渚の有名映画、● 『青春残酷物語 (1960) 』 を観てみたが、
馬鹿な男に惚れる馬鹿な女の悲惨さがうざくなって途中で観るのやめた。
3本目は、● 秋津温泉 (1962)
タイトルの秋津温泉というのは実在していなくて、
モデルとなったのは岡山の奥津温泉とのこと。ネーミングがすばらしい。
これも、駄目男 (長門裕之) に惚れる女 (岡田茉莉子) の悲惨さ映画であったが、
映像のきれいさと、岡田茉莉子の着物のうつくしさで最後まで観れた。
4、● 按摩と女 (1938)
タイトルに惹かれた。按摩さんのコミカルな感じと昔の温泉宿の雰囲気が印象に残った。
5、● 飢餓海峡 (1965)
これも有名どころだけれど、未見だった。
で、やっぱり女が悲惨系の映画だったが、演じた左幸子は圧倒的。
口髭の三国連太郎はオマー・シャリフみたいで、バリバリの関西弁だったのに対し、
地元の舞鶴の刑事たち (高倉健など) は聞きやすい標準語だったのが違和感。
いろいろと迫力のある映画だったけれど、かなしい映画でもあった。
『按摩と女』 以外、すべて悲劇 (しかも駄目男に惚れる女のパターン)。
そういうのが好まれる時代だったのか、
あるいは国全体貧しいときは、世の中には自分よりも可哀そうな人がいる、
という意味で悲劇が好まれるのか、わからないが、
個人的には女悲惨系は見てられない。
というか、甲斐性のない駄目男のダメダメっぷりは見たくない。
(寅さんは別もの)
つづいて、古くはないが新しくもないのも。
6、● 死の棘 ( 1990)
原作である島尾敏雄の小説は読んでいて、重くてキツイ内容よりも、
内面をあらわす文章表現の豊かさに、いちいち感動してしまった過去がある。
映画は、奄美と東京の生活の区切りがわかりづらかったが、映像はきれい。
その他、今年になって劇場で観たやつ2本。
● この世界の片隅で
絵のタッチは好みではなかったけれど、その分音響がよくて、劇場で観て正解。
● たかが世界の終わり
基本、会話劇なので、途中まで眠くて眠くて。
田舎に帰る都会者、迎える実家者、両方の気持ちが実体験でわかるので、多少寝たけど理解できた。
主役の押し黙り演技もなかなかだったし、話の終わらせ方もよかった。
よくもわるくも、劇場での仏語のひびきがひさしぶりで、耳に新鮮だったり、ねむくなったり (苦笑)
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Posted in キオクのキロク

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