お袋には2度助けられた。
一度目は、7~8年前、畑で左足に大怪我してドクターヘリで運ばれたとき。
機械で耕耘中に誤って左足を巻きこまれ、刃が刺さったまま動けなくなってしまった。
(過去記事、参照 *1 )
で、お袋にケータイで電話した。
119番じゃなかったのは、畑が山の上の奥まった所で、
第三者にとても説明できる場所じゃあなかった、というのと、
バッテリーの残量があまりなかったせいだ。
とはいえ、お袋も高齢の部類に入るくらいなので、
常に携帯電話を持ち歩いているわけではなく、
むしろしょっちゅう、どこにおいたか忘れてしまうような感じだったので、
それこそ祈る気持ちでコールした。
◇
で、二度目が、去年の暮れの脳出血 (正確には左被殻出血) のとき。 *2
カミサンが残業で、自宅で一人で入浴中での発症だった。
あったかいはずの湯船があったかくなく、
気持ちいはずの風呂で吐き気をもよおすほど気持ち悪くなり、
すぐさま風呂からでるも、身体が思うように動かない。
素っ裸じゃあ助けも呼べないから、
のたうち回るようにしてどうにか着られるものを身に着け、
スマホを手にするも、フラフラしてパスコードがうまく打てない。
なんとか解除して、電話の履歴の一番上にあったお袋のケータイ電話へ。
入浴中だったらどうしよう ・・ と 今度も祈る気持ちでコールし、
祈りが通じたのか 「はい」 の声が。
がしかし、「あっ、おれだけど、からだが」 と言おうとするも、
「おえあえど、かあだあ!、かあだあ!」
呂律が回らなくて、うまくしゃべれない。
(ラ行とカ行がぜんぜん言えなかった)
それでもお袋は異常事態を察知し、すぐさま親父とともに、
自宅近くの実家から駆けつけてくれて、119番通報してくれた。
◇
きょうは、そのお袋の半年に1回の診察のため、都内の病院へ。
暮れの2回の緊急搬送以来、救急車の音を耳にするたび、
命のちぢまる思いとお袋は言うので、その埋め合わせ的に (苦笑)、
せっかくの花の東京、どこか生きたいところはないかと聞けば、
「迎賓館に行ってみたい」 というので、迎賓館・赤坂離宮へ。
*1 ) 2010/8/27(金) 『MY “生かされ感”』
・レントゲン写真1 「ヒラメ筋と三日月」 http://blogs.yahoo.co.jp/yesornouca/55206079.html
・レントゲン写真2 「骨抜き画像」 http://blogs.yahoo.co.jp/yesornouca/55223969.html
*2 ) 2017/1/12 『暮れの2回の救急搬送』
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