
2010年から始めた 『下仁田ねぎぼうず園』、
4年目の今年は、さんざん迷った挙句、結局開園しないことにした。
4年目の今年は、さんざん迷った挙句、結局開園しないことにした。
決めたにもかかわらず、こころの隅で未練がウジウジ消えずにいたある日、
しかるべきというかそれなりのポジションのヒトから、
「今年は、ねぎぼうず、どうするん、やるん (どうするの、やるの) ?」
と聞かれた。
しかるべきというかそれなりのポジションのヒトから、
「今年は、ねぎぼうず、どうするん、やるん (どうするの、やるの) ?」
と聞かれた。
わたしは、「今年はやめました・・・。ちっとも広がらないし・・・」
と、不満が口に出た感じに答えたが、そのヒトが言い放った言葉に愕然とした。
と、不満が口に出た感じに答えたが、そのヒトが言い放った言葉に愕然とした。
「そりゃあ、ネギ坊主なんかただ丸いだけで、桜とかの花とちがって、つまらないから」
たとえば、フードジャーナリストでエッセイスト、食文化研究家の向笠千恵子さんなどは、
「現代アートみたい」 といたく喜んで、2年目で止めようとしたときなどは、
「ねぎぼうず団を結成して応援するから是非つづけて!」 と懇願された。
「現代アートみたい」 といたく喜んで、2年目で止めようとしたときなどは、
「ねぎぼうず団を結成して応援するから是非つづけて!」 と懇願された。
県外 (栃木足利) から2年続けて来園してくれたヒトもいるし、
地元の上毛新聞には一面カラーで取りあげられたり、同じく地元の群馬テレビも2回、
去年は、読売・毎日・朝日の3紙も群馬版ではあったが、写真で大きく取りあげられた。
地元の上毛新聞には一面カラーで取りあげられたり、同じく地元の群馬テレビも2回、
去年は、読売・毎日・朝日の3紙も群馬版ではあったが、写真で大きく取りあげられた。
町の支援、地元のバックアップなどのない、まったくの個人での活動が取りあげられるのは、
つまらないのではなく、おもしろいからではないのか、と普通に思うが、
そのヒトはそうは思わないらしい。
つまらないのではなく、おもしろいからではないのか、と普通に思うが、
そのヒトはそうは思わないらしい。
(わたしからしたら、どこにでもある 「アジサイ」 やら 「福寿草」 のほうがよっぽどつまらない。
それでも、ケチつけるだけでなにも行動しない 〈できない〉 人間よりはよっぽど立派だと思う)
それでも、ケチつけるだけでなにも行動しない 〈できない〉 人間よりはよっぽど立派だと思う)
都会から田舎に移り住んだFBメイトの “つぶやき” に、
「(田舎にいる) 意識の低い人間は、相手にしない」 というのがあったが、
わたしも、しばらくはそのヒトとは会っても視線を合わさず、口もきかなかった。
まあでも――、
『下仁田ねぎぼうず園』 が広がらなかったのは、
たしかに地元のヒトにはつまらないのかもしれない。
たしかに地元のヒトにはつまらないのかもしれない。
そう考えれば、やめて (閉園した決断は) よかったのかもしれない。
というか、トラクターを盗まれたマイナス部分をすこしでも埋めるために、
一銭にもならなネギ坊主にするより、売って稼がないとならないから、
やめてよかったのだ。
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