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井戸端では過去しか見えない

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         歯むかうために生まれてきた少年を
         鶏のように飼い慣らした村の権力
         極貧の庭に密生し膿をながす雑草を
         人間にたとえて切り払うにくしみの鎌
         猫の死体 犬の死体 鳥の死体
         けものによくにた百姓の死体
         それもみいんな昔のことで
         今夜にでも 確実に
         一息に深い眠りにつけば
         すっかり忘れてしまうことだってできるんだ

                                 【清水昶/『死の年代記』 ヨリ 抜粋】

                 ◇

        このブログでは、タイトル (シモニタ・トゥ・シモキタ) をはじめ、
        下仁田町を積極的に取りあげています。
 
        ――ですが、
        戻る以前の下仁田には、
        イイ思い出がひとっつもありません。

        下仁田を飛びだしてから、東京に出てから わたしの人生が始まったので、
        下仁田での、青いころの記憶は、
        ヘドロのように奥底に沈めて、忘れてました。

        ところが、町外から町内の人間へと交わっているうちに、
        過去の泥の中から、思い出したくもない人間の名やら出来事が
        メタンガスのあぶくのように、浮かびあがってきて、
        なんとも不愉快な気分になります。

        過去より未来を向いていたいのに、
        過去の人間によって、過去の自分に引き戻されるのは、
        まっぴら御免です。

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Posted in 百姓二揆(ヒャクショー・ニッキ)

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