.
この町は、前にも書いたとおり、
全国的に有名な、町を代表とするものを不思議なくらいまったく評価しません。
上画像は、群馬県のPRポスターですが、(デザインはともかく)
“中山ヒデ” 氏とともに、ぐんま大使に任命された “井森美幸” 嬢
の名前の下にはしっかりと、(下仁田町出身) と記してあります。
彼女が芸能デビューしてテレビでもてはやされてた頃、
わたしは東京の大学生でした。
その頃、わたしが下仁田出身とわかると、たいていの人間が、
「おっ、井森美幸!」 と云ったもんです。
下仁田ねぎ、下仁田コンニャクと同様、井森も全国区なワケですが、
町のイメージキャラクターでもなければ PR とか 観光大使とかでもありません。
当然のことながら町をあげて応援している感じもありません。
下仁田町は、町という文字がくっついていますが、閉鎖的な 「村社会」 です。
町全体のことより、
町内にちらばる狭い地区・地域でしかモノを見ることができない人間がほとんどです。
だから、自分の地区以外の町を代表するものなどは、「よそンちのこと」、つまり他人事となります。
◇
先日、井森の兄が何かの用で帰郷した、と友人が云いました。
友人は、その兄の兄貴分のような男なので、
「いま俺たちゃ、竹伐ったり、町をよくするためにいろいろやってんだ。
おめぇの妹にも下仁田のためになにかしろ!って云っとけよ」
わたしは友人に向かって思わず、「偉い!」 と声を上げました。
.