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前歯一本の品位

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 (あっ――)
 土曜日、昼を食べていたら、前歯がひとつ、ポロリとれました。

  5、6年まえ、特上モノではないけれど、
  それなりに奮発して入れたけっこうな前歯です。

  それまでは、一番安いエコノミークラスの前歯を入れていたのですが、
  フランスパンかじってはポロリ、
  安いソバ屋で、冷えて硬くなった天婦羅(かきあげ)をパクついてはポロリ、
  というありさまだったので、
  “前歯オトナ買い” とでも云ったらいいんでしょうか、
  イイやつを入れてみたのでした。

 すぐに行きつけの歯医者に電話したのですが、
 土曜は午前中でおわりでした。
 あすは日曜、あさっては海の日で旗日。
 つまり、3日間、歯抜けた顔で過ごすことになったわけです。

 (母が横から、暮れに歯の取れた母の友人が、アロンアルファでくっつけて、
 正月三が日をやりすごした、という話をしてきましたが、聞き流しました)

 ドラマだの、映画などでは、
 「腕の1本や2本、惜しくはないわッ」、とか
 「脚の1本や2本、くれてやるわいッ」、というような
 景気のいいセリフがありますが、
 わたしも、前歯一本でガタガタ云いたくわないなー、と思ったのです。

 鏡にむかって、「 にぃ~ィ 」とやると、
 いつもの気難しい顔ではない、トホホな わたしのアホ面が映ります。

 そのマヌケな歯抜け顔をみるたびに、
 あ~底辺のヒトでも明るく生きているんだなァ~、
 と、自分の顔なのに、他人事のように、思うのです。

 なんだか、前歯一本とれて、日々の緊張もとれた感じです。
 シリアスだった日常が、ちょっとだけリラックスになったようです。

 そう考えると、世の中、皆、前歯一本なくなって、
  「 にぃ~ィ 」 ってしていれば、
 イライラ や 争いごとは、けっこう減るんじゃあないか、
  と思いました。

 きのう、歯医者に行って、とりあえず、前歯のすき間は埋まりました。
 こころのすき間はあいかわらずなので、
 鏡のなかには、いつものわたしがいます。

 その気難しそうな顔をチラリ見て、
 やっぱり、社会的には、前歯が一本、ぬけ落ちていると、
 品位とか信用とかも落ちるんだろうなァー、
 と思いました。

 Θ 前歯がとれてわかったこと――。
 ・ もう一本の前歯の存在が異様におおきくなる。
 ・ 麺類が喰いにくい。
 ・ ハブラシしたあと、口のなかをジャブジャブすすぐとき、
   ぴゅぅ~ッと口から水がこぼれる。

Posted in 心中のつぶやき

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